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カウンセリング 心理関連の記事一覧は目次をご覧ください。
トラウマって?
近年、トラウマ(trauma)という言葉が浸透してきているように思います。
わりと、広範囲に使われている言葉かもしれません。
なので、色々な「トラウマ」について少しふれてみたいと思います。
トラウマとは何でしょう。
かつての人気ドラマ「池袋ウエストゲートパーク」で、まこと(長瀬君)は「虎と馬ぁ??」と言っていたような気がします。
トラウマとは、心の傷ですね。
私の勝手な印象として、一般的には、かつて受けた「心の傷」が今・現在にも影響を及ぼしている現象、という意味で使われているように思われます。
主に、人間関係上での深い心の傷をイメージする方が多いようですが、最近の方々は比較的ライトな感覚でも使われているように感じます。
お笑いの方が、「ちょっとしたトラウマだよ!」等言っていることもありますしね。
暴力など人間関係上の深刻なダメージだけでなく、パッと見では分かりにくいダメージがちびちびと蓄積していく現象をマイクロ・トラウマと呼ぶ人もいます(※私は、この呼び方についてはあまり詳しくないのですが)。
少し気難しい方と日々濃密に関係していかなければならない状況をイメージしていただければ、と思います。
また、大地震などの災害で受けた心の傷もトラウマです。
災害後の生活に深刻な心理的・行動的影響を与えることがあります。
これは、医療機関でPTSDという診断がつくことがあると思います。
PTSDのTはトラウマティック(トラウマ)です。
色々挙げましたが、また機会があれば、それぞれのことも掘り下げてみたいと思います。
わりと、広範囲に使われている言葉かもしれません。
なので、色々な「トラウマ」について少しふれてみたいと思います。
トラウマとは何でしょう。
かつての人気ドラマ「池袋ウエストゲートパーク」で、まこと(長瀬君)は「虎と馬ぁ??」と言っていたような気がします。
トラウマとは、心の傷ですね。
私の勝手な印象として、一般的には、かつて受けた「心の傷」が今・現在にも影響を及ぼしている現象、という意味で使われているように思われます。
主に、人間関係上での深い心の傷をイメージする方が多いようですが、最近の方々は比較的ライトな感覚でも使われているように感じます。
お笑いの方が、「ちょっとしたトラウマだよ!」等言っていることもありますしね。
暴力など人間関係上の深刻なダメージだけでなく、パッと見では分かりにくいダメージがちびちびと蓄積していく現象をマイクロ・トラウマと呼ぶ人もいます(※私は、この呼び方についてはあまり詳しくないのですが)。
少し気難しい方と日々濃密に関係していかなければならない状況をイメージしていただければ、と思います。
また、大地震などの災害で受けた心の傷もトラウマです。
災害後の生活に深刻な心理的・行動的影響を与えることがあります。
これは、医療機関でPTSDという診断がつくことがあると思います。
PTSDのTはトラウマティック(トラウマ)です。
色々挙げましたが、また機会があれば、それぞれのことも掘り下げてみたいと思います。
なんとなく不安
不安といっても色々でしょうが、今回は“漠然とした不安”についての小話です。
何に不安になっているのかよく分からないけど、でもなんとなく不安…っていうことありませんか?
漠然とした不安=対象のはっきりしない不安ってことですね。
これは、何か考えたくないものを無意識に考えないようにしている、ということかもしれません。
ただ、原因の話はともかくとして、いったん不安が漠然としたものになると、その不安が次から次へと他のものを巻き込んで不安がどんどん大きくなっていくという悪循環におちいることがあります。
不安の対象が一つあったとして、それを意識出来ていればそれ以上に不安が拡大していくことはあまりないのですが、意識できずにいると他の事柄にまで影響を及ぼしていきます。
意識できないということは、“不安の対象とされた事柄さん”の居場所が心の中でなくなっているということです。
居場所のない不安さんは、居場所がないのであちこちに進出して他を巻き込んでいくわけですね。
また、その影響で認知能力や処理能力が落ちてくるので、普段はどうってことないようなことや些細なことまで不安材料になり、同時にそのことも認識出来ていないという状態になっていきます。
そして、さらに“より漠然とした”不安に発展していくわけですね。
半分は既に述べている部分もありますが、また次の機会に、そういった漠然とした不安に対してどう対処するかって小話を書きたいと思います。
何に不安になっているのかよく分からないけど、でもなんとなく不安…っていうことありませんか?
漠然とした不安=対象のはっきりしない不安ってことですね。
これは、何か考えたくないものを無意識に考えないようにしている、ということかもしれません。
ただ、原因の話はともかくとして、いったん不安が漠然としたものになると、その不安が次から次へと他のものを巻き込んで不安がどんどん大きくなっていくという悪循環におちいることがあります。
不安の対象が一つあったとして、それを意識出来ていればそれ以上に不安が拡大していくことはあまりないのですが、意識できずにいると他の事柄にまで影響を及ぼしていきます。
意識できないということは、“不安の対象とされた事柄さん”の居場所が心の中でなくなっているということです。
居場所のない不安さんは、居場所がないのであちこちに進出して他を巻き込んでいくわけですね。
また、その影響で認知能力や処理能力が落ちてくるので、普段はどうってことないようなことや些細なことまで不安材料になり、同時にそのことも認識出来ていないという状態になっていきます。
そして、さらに“より漠然とした”不安に発展していくわけですね。
半分は既に述べている部分もありますが、また次の機会に、そういった漠然とした不安に対してどう対処するかって小話を書きたいと思います。
カウンセリングって…
カウンセリングの価値ってどこにあるかっていう問いは、人によって千差万別ですし、カウンセラーによってもおそらく意見が異なってくるものだろうと思います。
私自身も、たくさん言えることがあるように思えますが、一つあげるならばカウンセリングはオーダーメードの援助法ということが言えるのではないかと考えています。
たとえば、対人スキルの本であったり人生教訓のようなものもとても役に立つものですが、その時のその人にその本の言葉や考えが合ってくるかと言うと、それがフィットすることもあればまったくその人には響かないこともあります。
逆に言えば、それだけで事が終わるのであれば、答えが記されている本があればいいわけであって、我々カウンセラーは存在する意義がありません。
つまり、オーダーメードの援助ということの本質は対話ということにあるのですね。
カウンセラーという人は、出来るだけその人に波長を合わせながら、今、目の前の人と対話していきます。
こういう困ったことには‐こうすればいい・こう考えればいい、という知識のようなものももちろん備えてなければならない部分はありますが、究極的には予めに答えが決まっている訳ではないのです。
その人のパーソナリティ・その人の状況によって無数に可能性はあるので、それに対応していく技術・訓練がカウンセラーには必要になってきます。
また、カウンセラーが「はい、じゃ、あなたはこうしてくださいね」と単に教えるのではなく(なんかそれじゃ恐いですしね・・・)、カウンセラーと相談に来た方が一緒に考えていくこと‐つまり対話することでそこにオーダーメードの援助が生じてきます。
そんなところにカウンセリングの価値が一つはあるのではないかと思います。
もちろん、他にも様々な切り口はあると思うので、また何か思い付けば(?)書いていこうと思います。
私自身も、たくさん言えることがあるように思えますが、一つあげるならばカウンセリングはオーダーメードの援助法ということが言えるのではないかと考えています。
たとえば、対人スキルの本であったり人生教訓のようなものもとても役に立つものですが、その時のその人にその本の言葉や考えが合ってくるかと言うと、それがフィットすることもあればまったくその人には響かないこともあります。
逆に言えば、それだけで事が終わるのであれば、答えが記されている本があればいいわけであって、我々カウンセラーは存在する意義がありません。
つまり、オーダーメードの援助ということの本質は対話ということにあるのですね。
カウンセラーという人は、出来るだけその人に波長を合わせながら、今、目の前の人と対話していきます。
こういう困ったことには‐こうすればいい・こう考えればいい、という知識のようなものももちろん備えてなければならない部分はありますが、究極的には予めに答えが決まっている訳ではないのです。
その人のパーソナリティ・その人の状況によって無数に可能性はあるので、それに対応していく技術・訓練がカウンセラーには必要になってきます。
また、カウンセラーが「はい、じゃ、あなたはこうしてくださいね」と単に教えるのではなく(なんかそれじゃ恐いですしね・・・)、カウンセラーと相談に来た方が一緒に考えていくこと‐つまり対話することでそこにオーダーメードの援助が生じてきます。
そんなところにカウンセリングの価値が一つはあるのではないかと思います。
もちろん、他にも様々な切り口はあると思うので、また何か思い付けば(?)書いていこうと思います。
夢
夢の機能についての小話です。
不快な夢を見て、なんだか気分が悪くなった…という経験は誰にでもあるものです。
しかし、それほど夢を嫌う必要もありません。
夢という機能は、優れた特性を持っています。
一つは、現実生活でたくさん取り入れた情報を整理してくれる機能です。
また、情報だけでなく様々な感情・複雑な感情を整理してくれる機能もあると思います。
自浄機能ともいえるかもしれませんね。
つまり、不快な夢だとしても、前日のあなたより夢を見て目覚めた今日のあなたの方が少しスッキリしているはずなのです。
このように、夢を少し信頼することが出来たら、「あ〜、昨日は疲れたなぁ…でも、なんだか夢もいっぱい見たようだし少しは癒されてるかな!」と夢を友達にすることが出来ます。
夢を嫌がっても嫌がらなくても、夢は機能しているものだと思いますが、夢を友達のようにあるいはサポーターのように感じることが出来れば、少しだけ心があたたかくなれるかもしれません。
そのうち、夢との付き合い方、という小話もしてみたいと思います。
不快な夢を見て、なんだか気分が悪くなった…という経験は誰にでもあるものです。
しかし、それほど夢を嫌う必要もありません。
夢という機能は、優れた特性を持っています。
一つは、現実生活でたくさん取り入れた情報を整理してくれる機能です。
また、情報だけでなく様々な感情・複雑な感情を整理してくれる機能もあると思います。
自浄機能ともいえるかもしれませんね。
つまり、不快な夢だとしても、前日のあなたより夢を見て目覚めた今日のあなたの方が少しスッキリしているはずなのです。
このように、夢を少し信頼することが出来たら、「あ〜、昨日は疲れたなぁ…でも、なんだか夢もいっぱい見たようだし少しは癒されてるかな!」と夢を友達にすることが出来ます。
夢を嫌がっても嫌がらなくても、夢は機能しているものだと思いますが、夢を友達のようにあるいはサポーターのように感じることが出来れば、少しだけ心があたたかくなれるかもしれません。
そのうち、夢との付き合い方、という小話もしてみたいと思います。
