カウンセリング 悩み相談の心 in所沢

心理カウンセラーが綴るカウンセリングの小話&日記

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家族という視点(2)

家族という視点(1)の続き

心理的な問題ということで考えた時、素因ということもありますが、やはり“関係性”という視点は外せません。

家族というものは、家族成員それぞれが密接な関係を持ちつつ、それ自体一つの単位(要素)として機能しています。
家族を一つの単位(要素)と考えるのですね。
家族さん、という一人の人や生物を想像してもらえるといいかもしれません。

“家族さん”を人と考えると(生物でもいいですよ)、家族さんは自らのバランスを保とうとする傾向があります。
たとえば、人が空気椅子(?!)をする時に足や膝や手に力をいれてバランスをとったり、左目の視力が悪い人は右目をより多く使うように、家族さんもこの世界の中で自らのバランスをとりながら頑張ってるわけです。

上の例では、膝や足に力をいれたり右目を多く使っているので、当然ながらそれらの部位には負荷がかかりがちです。
その負荷が強すぎると、その部位が故障したりなんらかのダメージがあります。
これがIPですね。

ですから、ダメージのあった部位のケアということも大切になりますが、その部位だけでなく両目の視力としてのケアを考えたり、空気椅子をやめる、ということをしてもいいわけです。

このように、当人をケアするという発想のみならず、“家族さん”として問題をとらえ、IPを含めた家族に介入するという発想もあるのです。
まあ、介入までいかなくてもこの発想があるだけでも時に役立ちます。

誤解なきよう言っておくと、この発想はパパが悪い・ママが悪い・お姉ちゃんが悪い…等のことではなくて、“家族さん”としてとらえようということです。
つまり、主体を家族としてとらえれば(自分がIPでなくとも)IPの痛みも自らの痛みであり、家族という自分のためのケアである、と考えることもできるかと思います。

また、家族さんという一つの単位として考える有用性は、家族成員それぞれの結びつきがどれほど濃密かということも関係してくるかな、とは思います。

家族という視点(1)

カウンセリングにおける家族という視点について述べてみます。

カウンセリングや心理療法というものは、基本的にカウンセラーと来談者の一対一の構造をとっていることが多いと思います。

また、多くの場合、カウンセリングに来る人については、クライエントという用語が使われています。
病院の場合は、患者という呼び方が多いと思います。

当然ながら、カウンセリングには、自分に何らかの問題があると思っている人・困っている人が来ることが多いと思います。
ただ、それだけではなく、何らかの問題があると“されている人”が家族に連れられて来ることもあります。

しかし、その場合も、連れてきたご家族はあくまで問題があるとされている当人だけを問題としていることが多いです。
(ややこしい言い方ですみません…)。

ここで、少し話は変わりますが、臨床心理学の中には家族心理学・家族療法という分野がありまして、“問題とされている人”のことをIPと呼んでいます。
上に述べたようなクライエントや患者という呼び方ではないのです。

IPとはidentified patientの略です。
patientだけなら患者ですが、identifiedが付いているわけですね。
“患者とみなされた人”ということです。

まわりくどい言い方のようにも思えますが、これには理由があります。
たとえば心理的な身体症状や問題行動がある人(IP)がいるとします。
しかし、その当人だけを切りとってそれらの問題は語れない、ということです。

この辺りを私なりに説明してみようかと思います(あくまで私なりにですけどね)。

家族という視点(2)に続く…

出会いがない?(2)

出会いない?(1)の続き

3.出会いは求めているが、人と仲良くなることがほとんどない。

このタイプの方は、本人の思いとは裏腹に、第三者からは“出会いを求めていない・人と仲良くしたくない”ように見えていることがあります。
一見、不思議なことですね。
他人からはそのように見えているので、実際になかなか仲良しになってくれる人が現れません。

このタイプの方は、本人が気付かないところで心のシールドをはっていることがあります。
自分自身を防衛しているわけです。
人と仲良くはなりたいが、人に近寄られのは恐い、という相反した感情が同時にある状態です。

この二つの感情があることをあまり自覚出来ていないと、嫉妬などの感情や不全感が募ってきます。
出会いがないのは周りのせいだ、ということになるからです。
なので、本人はちょっとつらい状態だと思います。

この状態から脱するには、とても器が大きく心の優しい人に(偶然でも)出会えれば心は開いていきます。
しかし、これはあまりあてにできない方法ですね(もちろん優しい人はたくさんいますが)。

やはり相反する感情を自覚することからスタートすると思います。
同時に、仲良くなるスキルを身につけることも大切です。
スキルを身につけるには“少しずつでも勇気を出して人とのかかわりを経験していくこと”が最も効率のいい方法です。
色々難しいなら、カウンセリングを利用するのも一つの選択肢かもしれません。

番外編として…
素直に出会いを求めているが、新しい人に出会えない。
ということもありますよね(これが一番多いか…)。
この場合や出会う方法みたいなことは・・・他の方を参考にしてくださいねw

一つ言うなら、日々のルーティンワークにいかに変化をつけられるか、というところかと思います。
あと、「今はこんな時期なのかも。やること色々あるし。」ってとらえることも時には大切かもしれませんネ。

出会いがない?(1)

「最近、いい出会いがないのよね〜」という言葉ってよく耳にしますよね。
今回、出会いがない悩みについて私なりに考えてみようかと思います。
(あまり語る資格はない気もしますが…)。
別に“異性との出会い”という話に限っているわけではないです。

出会いがない原因は各個人によって色々と考えられるでしょうが、3タイプに分けて考えてみました。

1.実際はそんなに出会いを求めていない。
2.たくさんの人に会っているけど、出会いがないと感じている。
3.出会いは求めているが、人と仲良くなることがほとんどない。

では、それぞれについて考えてみます。

1.実際はそんなに出会いを求めていない。

この状態の人は、現実の人間関係にそれなりに満足している、という人が多いでしょうね。
それなりに満足している人は、そもそも「出会いがない」ということは言わないはずですが、あえて謙虚に言ってみたり世間話の一つとして言っている人もいますね。

もう一つのパターンは、人間関係などにものすごく疲れている、著しく心身の調子を崩している、という場合もあると思います。
この場合、人に会うエネルギーや欲求が出てくるまでは、休息することも大切だと思います。

2.たくさんの人に会っているけど、出会いがないと感じている。

このように感じている人は、人に対する要求水準が高い、ということがあるかと思います。
他人に対して要求水準が高い方は、相手や周囲の人をそれほど深く見ていないことも多いものです。
出会いの入口のところで、自分から却下している状態ですね。

ですから、だまされたと思って、もうちょっと周囲の人との交流を深めていくのも悪くないと思います。
ちょっとでも魅力を感じる人からはじめるといいかもしれません。
もちろん、いい出会いをする確率を高めたいなら、という話ですが。

自分の存在を認めてもらいながら、相手のことをもっとよく知っていくと、同じ人でも魅力的に感じることもあるかと思います。
世の中、そんなにつまらない人ばかりではないと思いますよ。

また、2.のパターンは3.のパターンと同じメカニズムもあると思いますので、次の3.の部分も参照してみてください。

出会いがない?(2)に続く…

心の癖を知る(2)

心の癖を知る(1)の続き

カウンセリングでは、このような心の癖やその人の行動パターンに注目することがあります。
そこに注目することで気付きにくい自分の癖・パターンを意識することができるようになります。
元々、癖とは自分では気付きにくい性質のものなので、カウンセラーという存在を として利用することによって気付きやすくなるわけですね。

その過程に心理検査(心理テスト)を使うカウンセラーもいます。
心理検査の中には投影法と呼ばれるグループがありまして、これは心の癖を映し出す検査とも言えると思います。
たとえば、多義的にとらえることが可能なある提示物を見てもらって、それについて反応してもらいます。
人によって反応が異なってきますので、その方の癖というものがそこに映し出されるわけですね。
(※私は、検査をあまり好まない面がありますのでほとんど使っていませんが)。

意識してどうなるかということに関しては…
そこからカウンセラーと一緒にパターンを変える試みを考えていく方向もありますし、単に意識して終わることもあります。

単に意識して終わる場合があるのは、変えられない場合もありますし、意識した上で考えてみると「それを変えたら自分じゃない!」ということもあるからです。
(※それでも、変える方向性をおしていくカウンセラーもいることはいます)。

とはいえ、単に意識することも無駄ではないのです。
なぜかというと、意識できていない状態に比べると、そこには納得があるからです。
同時に先ほど述べた外側にのみ原因を求める傾向も弱くなります。
実のところ、外側のみを原因としている状態の方が本人は苦しんでいる状態なのですね。
そういう意味でも少し楽になります。

パターンの変え方についてはまた色々とありますが、長くなりそうなので今回はここらへんで終わりにします。