…不安への対処法(1)の続き
一通り、書き出してみたら、あなたの心の中の不安が実際に対象として目で見ることができます。
すると、意外に簡単に解消できそうなものもあることが分かります。
特に、上の例であげた些細な不安は行動すればすぐに解決できることも多いかと思います。
漠然と不安になっている状態では、こういった些細な事柄もクリアに意識できていないが故に、行動するという選択肢が無意識になくなっていることがあります。
もし、書き出したものですぐに解決できそうなものがあれば、実際に行動してそれらを解消してみましょう。
解消されたら、書き出したノートの解消した項目に 解決済マーク などをつけてみます。
すると、不安の項目の数が目で見ても減っていきます。
自分にとっての核心的な不安は未だ解決されていないかもしれませんが、これだけでも、ノートに書き出す前とは少し気分が違っていると思います。
少し、余裕が出てくるのです。
この時点で、最初にあげた
1.不安の対象がはっきりしていない
2.普段は気にしないような些細なことまで不安になっている
はクリアしていることになります。
3.心の中で不安な事柄の居場所がなくなっている
ということに関しては、核心的な不安を受け入れる状態になっているかはまだ微妙かもしれません。
それは、強敵だからです。
ただし、自分にとっての核心的な不安が何だったのかを、以前よりは落ち着いてとらえることが出来るようになると思います。
そして、このことによってその不安に専念することが出来るようになるかもしれません。
エネルギーの分配がうまく機能するようになるからですね。
このような方法で、たまにでも 心の中のお掃除 をしていくと、泥沼にはまることが減り、うまくいけば自分にとっての最も難しい問題にもうまく対処することが出来るかもしれません。
また、これは一人でもできる不安への対処法ですが、不安の程度が強ければ強いほど一人では対処できないこともあるかもしれません。
その場合は、カウンセリングでカウンセラーと一緒に不安への対処に取り組んだり、心療内科などでお薬を処方してもらったりすることを、選択肢として考えてもいいかと思います。
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カウンセリング 心理関連の記事一覧は目次をご覧ください。
不安への対処法(2)
不安への対処法(1)
以前、なんとなく不安、という記事で漠然とした不安について述べました。
今回は、その第ニ段で比較的簡単にできる漠然とした不安への対処法について書きたいと思います。
以前の記事で、漠然とした不安に悩まされている状態は…
1.不安の対象がはっきりしていない
2.普段は気にしないような些細なことまで不安になっている
3.心の中で不安な事柄の居場所がなくなっている
といった特徴があることを述べました。
これらのことを踏まえた上で考えていけば、不安への対処法が見えてきます。
つまり、不安の対象をはっきりさせ、不安になっている些細なことを解消し、不安だった事柄の居場所を心の中につくってあげる、ということをします。
ここで、助けになるのが、不安の外在化です。
心の中にあることを現実世界で対象として見えるようにします。
具体的には、ノートやメモを使います。
まず、心の中で浮かぶ自分が不安になっていること・思っていることを箇条書き風に出来るだけたくさん書き出します。
たとえば・・・
今週中にやるべきレポートをまだやっていない…友達に言った一言が相手を傷づけていないか心配だ…等
また、ここで自分ではつまらないと思われる些細なことでも書き出しましょう。
意外に些細なことでも、不安や心の気持ち悪さにつながっていることがあります。
明日に持っていくものの準備をまだしていなかった…〜の支払いの期限を確認していない…家の鍵閉めたっけ?…等
また、不安の原因となっている核心的な事柄は真っ先に出てくる人もいれば、意識したくないためなかなか書き出せない人もいます。
今後の恋人との関係が不安だ…受験に合格するか不安だ…等(内容は人によります)。
こうやって、不安に思っていることのリストを作成していきます。
不安への対処法(2)に続く…
今回は、その第ニ段で比較的簡単にできる漠然とした不安への対処法について書きたいと思います。
以前の記事で、漠然とした不安に悩まされている状態は…
1.不安の対象がはっきりしていない
2.普段は気にしないような些細なことまで不安になっている
3.心の中で不安な事柄の居場所がなくなっている
といった特徴があることを述べました。
これらのことを踏まえた上で考えていけば、不安への対処法が見えてきます。
つまり、不安の対象をはっきりさせ、不安になっている些細なことを解消し、不安だった事柄の居場所を心の中につくってあげる、ということをします。
ここで、助けになるのが、不安の外在化です。
心の中にあることを現実世界で対象として見えるようにします。
具体的には、ノートやメモを使います。
まず、心の中で浮かぶ自分が不安になっていること・思っていることを箇条書き風に出来るだけたくさん書き出します。
たとえば・・・
今週中にやるべきレポートをまだやっていない…友達に言った一言が相手を傷づけていないか心配だ…等
また、ここで自分ではつまらないと思われる些細なことでも書き出しましょう。
意外に些細なことでも、不安や心の気持ち悪さにつながっていることがあります。
明日に持っていくものの準備をまだしていなかった…〜の支払いの期限を確認していない…家の鍵閉めたっけ?…等
また、不安の原因となっている核心的な事柄は真っ先に出てくる人もいれば、意識したくないためなかなか書き出せない人もいます。
今後の恋人との関係が不安だ…受験に合格するか不安だ…等(内容は人によります)。
こうやって、不安に思っていることのリストを作成していきます。
不安への対処法(2)に続く…
細木数子さん‐考察(2)
…細木数子さん‐考察(1)の続き
細木数子さんの場合は、この構えをわりと急激に崩す印象があります。
まさしく、ズバリ言うことで崩していますね。
細かく見ると、構えを崩す技術として、相手を混乱させる、ということをやっていると思います。
時々、相手が??と思うようなことを言っていますよね。
当たり前かもしれませんが、混乱させられると人間いったん構えが崩れるんです。
そして…崩れた状態になると、新しい考え方や発想が取り入れやすくなったり、生み出しやすくなったりします。
これが、再構築 ということです。
歴史上でも同じ現象をたくさんみることが出来ますよね(〜革命など)。
また、表情もうまく使い分けているように思えます。
相手の構えを崩す時は、かなり厳しい表情をしていますよね。
そして、相手が崩れて再構築の段階になると、かなり穏やかで優しい顔になっています。
このメリハリも細木さんの得意技だな、と私は感じます。
また、アプローチそのものだけでなく、構えの崩れやすさにはアプローチ以前の要因も関係していると思います。
その要因として、信頼関係というものが一つはありますが、カウンセラーのカリスマ性ということも関係しているかもしれません。
そういう意味で、知名度が高くカリスマ性を持つ細木数子さんは今回述べたようなアプローチが際立つ印象があるのかもしれません。
年末年始、細木さんがご活躍する番組がたくさんありそうですが、六星占術というより彼女のアプローチに注目してみると、それもまた面白いかもしれませんね☆
(※今回述べたことは、あくまでTVの一視聴者としてものであって、面識もありませんし普段の細木数子さんを知っている訳でもありません)。
細木数子さんの場合は、この構えをわりと急激に崩す印象があります。
まさしく、ズバリ言うことで崩していますね。
細かく見ると、構えを崩す技術として、相手を混乱させる、ということをやっていると思います。
時々、相手が??と思うようなことを言っていますよね。
当たり前かもしれませんが、混乱させられると人間いったん構えが崩れるんです。
そして…崩れた状態になると、新しい考え方や発想が取り入れやすくなったり、生み出しやすくなったりします。
これが、再構築 ということです。
歴史上でも同じ現象をたくさんみることが出来ますよね(〜革命など)。
また、表情もうまく使い分けているように思えます。
相手の構えを崩す時は、かなり厳しい表情をしていますよね。
そして、相手が崩れて再構築の段階になると、かなり穏やかで優しい顔になっています。
このメリハリも細木さんの得意技だな、と私は感じます。
また、アプローチそのものだけでなく、構えの崩れやすさにはアプローチ以前の要因も関係していると思います。
その要因として、信頼関係というものが一つはありますが、カウンセラーのカリスマ性ということも関係しているかもしれません。
そういう意味で、知名度が高くカリスマ性を持つ細木数子さんは今回述べたようなアプローチが際立つ印象があるのかもしれません。
年末年始、細木さんがご活躍する番組がたくさんありそうですが、六星占術というより彼女のアプローチに注目してみると、それもまた面白いかもしれませんね☆
(※今回述べたことは、あくまでTVの一視聴者としてものであって、面識もありませんし普段の細木数子さんを知っている訳でもありません)。
細木数子さん‐考察(1)
TVで悩み相談風のことをやっている方を見ていると、職業柄かついつい注目してしまいます。
今回は、心理カウンセラー(私)から見た細木数子さんのアプローチについて述べてみたいと思います。
(あくまでTVの一視聴者として、ということになります。)
それと、六星占術ということに関しては何も述べません。
ズバリ(笑)、いったん相手を崩して再構築する、ということが細木数子さんのアプローチの特徴だと思います。
悩みごとがある・ないにかかわらず、人間というものはこれまでの人生で構築してきた考え方なりパターンなりがあります。
これらが“構え”や態度として相談場面でも顕れてきます。
良くも悪くもこの構えは“変化(自己改革)”に抵抗する性質があります。
悩みごとがあり、変化を望む人ですら無意識に“変わること”を拒んでいることもあるのです。
これまでの自分も大切な自分ですし、簡単には相手に心の奥底をさらけ出すわけにもいきませんからね(構えが崩れるとはそういうことです)。
ただ、急激な変化・自己改革を求めるのなら、自分のこれまでの考え方やパターンが崩れるような状態が生じる必要があります。
また、この急激さはリスクを伴いますので、私的には相手の状態によって注意が必要だと思います。
この“構え”に対してどうアプローチするかは、カウンセリングでは様々な考え方と手法があります(直接はアプローチしないことも含め)。
私個人は、急激なアプローチは控えめにしている方かなと思います。
で、細木さんの場合は…
細木数子さん‐考察(2)に続く…
今回は、心理カウンセラー(私)から見た細木数子さんのアプローチについて述べてみたいと思います。
(あくまでTVの一視聴者として、ということになります。)
それと、六星占術ということに関しては何も述べません。
ズバリ(笑)、いったん相手を崩して再構築する、ということが細木数子さんのアプローチの特徴だと思います。
悩みごとがある・ないにかかわらず、人間というものはこれまでの人生で構築してきた考え方なりパターンなりがあります。
これらが“構え”や態度として相談場面でも顕れてきます。
良くも悪くもこの構えは“変化(自己改革)”に抵抗する性質があります。
悩みごとがあり、変化を望む人ですら無意識に“変わること”を拒んでいることもあるのです。
これまでの自分も大切な自分ですし、簡単には相手に心の奥底をさらけ出すわけにもいきませんからね(構えが崩れるとはそういうことです)。
ただ、急激な変化・自己改革を求めるのなら、自分のこれまでの考え方やパターンが崩れるような状態が生じる必要があります。
また、この急激さはリスクを伴いますので、私的には相手の状態によって注意が必要だと思います。
この“構え”に対してどうアプローチするかは、カウンセリングでは様々な考え方と手法があります(直接はアプローチしないことも含め)。
私個人は、急激なアプローチは控えめにしている方かなと思います。
で、細木さんの場合は…
細木数子さん‐考察(2)に続く…
家族という視点(2)
…家族という視点(1)の続き
心理的な問題ということで考えた時、素因ということもありますが、やはり“関係性”という視点は外せません。
家族というものは、家族成員それぞれが密接な関係を持ちつつ、それ自体一つの単位(要素)として機能しています。
家族を一つの単位(要素)と考えるのですね。
家族さん、という一人の人や生物を想像してもらえるといいかもしれません。
“家族さん”を人と考えると(生物でもいいですよ)、家族さんは自らのバランスを保とうとする傾向があります。
たとえば、人が空気椅子(?!)をする時に足や膝や手に力をいれてバランスをとったり、左目の視力が悪い人は右目をより多く使うように、家族さんもこの世界の中で自らのバランスをとりながら頑張ってるわけです。
上の例では、膝や足に力をいれたり右目を多く使っているので、当然ながらそれらの部位には負荷がかかりがちです。
その負荷が強すぎると、その部位が故障したりなんらかのダメージがあります。
これがIPですね。
ですから、ダメージのあった部位のケアということも大切になりますが、その部位だけでなく両目の視力としてのケアを考えたり、空気椅子をやめる、ということをしてもいいわけです。
このように、当人をケアするという発想のみならず、“家族さん”として問題をとらえ、IPを含めた家族に介入するという発想もあるのです。
まあ、介入までいかなくてもこの発想があるだけでも時に役立ちます。
誤解なきよう言っておくと、この発想はパパが悪い・ママが悪い・お姉ちゃんが悪い…等のことではなくて、“家族さん”としてとらえようということです。
つまり、主体を家族としてとらえれば(自分がIPでなくとも)IPの痛みも自らの痛みであり、家族という自分のためのケアである、と考えることもできるかと思います。
また、家族さんという一つの単位として考える有用性は、家族成員それぞれの結びつきがどれほど濃密かということも関係してくるかな、とは思います。
心理的な問題ということで考えた時、素因ということもありますが、やはり“関係性”という視点は外せません。
家族というものは、家族成員それぞれが密接な関係を持ちつつ、それ自体一つの単位(要素)として機能しています。
家族を一つの単位(要素)と考えるのですね。
家族さん、という一人の人や生物を想像してもらえるといいかもしれません。
“家族さん”を人と考えると(生物でもいいですよ)、家族さんは自らのバランスを保とうとする傾向があります。
たとえば、人が空気椅子(?!)をする時に足や膝や手に力をいれてバランスをとったり、左目の視力が悪い人は右目をより多く使うように、家族さんもこの世界の中で自らのバランスをとりながら頑張ってるわけです。
上の例では、膝や足に力をいれたり右目を多く使っているので、当然ながらそれらの部位には負荷がかかりがちです。
その負荷が強すぎると、その部位が故障したりなんらかのダメージがあります。
これがIPですね。
ですから、ダメージのあった部位のケアということも大切になりますが、その部位だけでなく両目の視力としてのケアを考えたり、空気椅子をやめる、ということをしてもいいわけです。
このように、当人をケアするという発想のみならず、“家族さん”として問題をとらえ、IPを含めた家族に介入するという発想もあるのです。
まあ、介入までいかなくてもこの発想があるだけでも時に役立ちます。
誤解なきよう言っておくと、この発想はパパが悪い・ママが悪い・お姉ちゃんが悪い…等のことではなくて、“家族さん”としてとらえようということです。
つまり、主体を家族としてとらえれば(自分がIPでなくとも)IPの痛みも自らの痛みであり、家族という自分のためのケアである、と考えることもできるかと思います。
また、家族さんという一つの単位として考える有用性は、家族成員それぞれの結びつきがどれほど濃密かということも関係してくるかな、とは思います。
