カウンセリング・悩み相談の心in所沢

心理カウンセラーが綴るカウンセリングの小話&日記

心理カウンセリング、心の悩み相談はこちらです(管理人所属の相談室HP)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

カウンセリングの副作用(2)

カウンセリングの副作用(1)の続き

何が起きるのか言いますと、それまで抑えられてきた感情が強すぎた場合はカウンセラーの励まし(肯定)によって一時的に極端に自己主張したり素直に欲望しすぎることが引き起こされる、というものがまず挙げられます。

一方の極は、案外容易にもう一方の極をよび起こし易いものでもあるからです。

さらに、来談者がそのように変化することによって当然周囲の人間のフィードバック(反応)が変わってきます。
そして、その周囲の人間の反応が来談者にとっても好ましいものであれば問題はありませんが、そうではない場合もあります。

というのは、来談者のそれまでのあり方の上に来談者と周囲の人間達とのバランスが保たれていた場合、周囲の人間は以前の慣れ親しんだバランスに戻そうとその急激な変化に抵抗しようとすることがあります。
(分かりにくい言い方ですみませんが、これについては家族という視点という記事もご参照ください)。

具体的には、周囲の人間が「以前よりわがままになった」と感じ、冷たい対応や抵抗をしようとすることがあります。
これらのことは、プレイセラピー(子どものカウンセリング)でも起こりがちなことです。

そして、結果的には、来談者が傷ついたり、来談者ではなく周囲の人間がきつくなったり調子が悪くなる、ということが起きることがあります。

もちろん、それらのプロセスも長い目で見れば、新しいバランス(良好な状況)を生むきっかけになっていくこともありますが(そうはならないこともあります)、副作用といえば副作用かもしれません。

カウンセラー側としては、こういったリスクをも検討する視点が大切になってくると私は思います。

たとえば、来談者の素直な気持ちを極端な形で実現化するのではなく、来談者の中でじっくりあたためつつ少しずつ表現するに適した場所・場面で表現する、等のことを検討する視点です。

副作用と言えるものはこれだけではないでしょうが、カウンセリングを万能のものとしないためにも(そんなはずはないので)、このような視点は大切なのかもしれません。
スポンサーサイト

カウンセリングの副作用(1)

「カウンセリングの副作用」というタイトルにしましたが、カウンセリングは薬ではないので副作用という言い方が適切かは分かりません。

実は、これ、かつて私が大学院受験をした時に試験の論述問題で出されたテーマでもあります。

確か「カウンセリングの副作用について述べよ」という問いだったと思いますが、当時「うわー、ひねくれた問題出すな~(※いい意味で)」と思ったものです。

その当時に私が書いたものが理想的な解答であったかは分かりませんが、今現在思うことを再び書いてみようかと思います。

(このテーマ、改めて考えてみると、カウンセリングをやっている人間(つまりカウンセラー)や学派、来談者の状況によって結構答えが変わってくるかもしれません。)

さて、カウンセリングですが、その目的の一つに、“素直に欲望すること”“正直に主張(表現)できるようになること”というものがあるかと思います(私見です)。

う~ん、素の欲望を自覚すること、と言った方がいいかもしれませんが、まあこれらについての細かい検討は省きます。

そして、これらを意識的に来談者に推奨しているカウンセラーもかなり多いように思います。
たとえば、「我慢しないで、あなたがやりたいことをやればいいのよ」や「~というお気持ちを~(誰々)に対して抱いているのに、それを言えてないなら、それを言ってみてはどうでしょうか?」といったことです。

来談者によっては、無理に何かを我慢したり、うまく表現できていないこともあるので、実際にこのような励ましによって、状況がよくなっていく場合もあります。

しかし、あまり何も考えずこれをどんどんやってしまうと、実はより状況が悪くなってしまうこともあります。
個人的には、こういう事態もかなり多いと感じています(偏見かもしれませんが、カウンセリングを万能に思っているカウンセラーほど無垢にこれをやってしまう印象があります)。

私的には、これをカウンセリングの副作用の一つと言ってもいいかなと思います。

カウンセリングの副作用(2)に続く

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。